弁護士 杉浦 恵一
高齢化の進展とともに、生前に自分の財産をどのように遺すか決める需要が高まっています。
生前に自分の財産をどのように遺すか決める方法として、従来は生前贈与と遺言が一般的な手段だったと思われますが、最近では、信託契約(家族信託など) の需要も高まってきているようです。
信託とは、信託法に定めのある契約・財産処分の方法を指しますが、信託法では、2条1項で、
信託法2条1項
「特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的達成のために必要な行為をすべきものとすること」
この書き方からは、難しいことのようにも読めますが、概要としては、信託の受託者が、信託の委託者に対して、受託者の財産の所有する財産を譲り渡し、受託者は、信託の契約で定められた一定の目的のために、その財産を管理・処分する、といった内容です。
信託の契約によって、受託者は、受益者に対して、定められた目的に従って一定の行為をする必要がありますが、このような契約・財産処分は、生前にもできることから、現在、 信託によって自分の財産をどのように処分するかを決める事例も多くなってきているようです。
しかし、信託も一定の財産処分ですので、相続人その他に対して財産を処分してしまいますと、後々、遺留分の問題になってくることがあります。
このような争いがおこった事例として、東京地方裁判所の平成30年9月12日判決の事例があります。
この事例の概要は、以下のような概要です。
また、被相続人と二男との間で、被相続人の所有する不動産について、被相続人を委託者・受益者とし、二男を受託者とする信託契約が結ばれている。
この信託契約では、当初の受益者を被相続人とするが、被相続人が亡くなった後は、長男が6分の1、二女が6分の1、二男が6分の4の割合で受益権を取得する。
このような契約がありましたが、被相続人が亡くなったため、長男が二男に対して、遺留分減殺の請求をしたという事例でした。
この事例では、信託に関して争われた主な点は、
裁判所は、1点目の公序良俗に反して信託の設定が無効になるかどうかに関して、次のような判断をしています。
今回の信託では、被相続人の所有する不動産が信託財産となり、その不動産から発生する経済的利益が、受益割合に従って受益者に分配されることになっていましたが、不動産のうち一部は、売却や賃貸しても収益を上げることが現実的に不可能な物件であり、また別の一部の不動産は駐車場賃料収入が不動産全体の価値に見合わないものであり、売却することも、全体を賃貸してその価値に見合う収益を上げることもできていないと事実認定されています。
このような事態が信託契約の設定当時から想定されており、被相続人は、これらの不動産から得られる経済的利益を分配することが、信託契約設定の当時から想定していなかったという事実認定のもと、長男が遺留分減殺請求をして、受益権の割合が増加しても、その増加に相応する経済的利益を得ることが不可能であることから、
今回の信託の設定目的が、外形上、長男に対して遺留分割合に相当する割合の受益権を与えることで、不動産に対する遺留分減殺請求を回避することが目的であったとされ、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度が利用されているため、
一部の信託契約が公序良俗に反して無効だ
と判断されました。
また、2点目に関して、裁判所は、信託契約による財産の移転は、信託目的達成のための形式的な所有権移転に過ぎないことから、 実質的に権利として移転される受益権が遺留分減殺請求の対象になる と判断されました。
この裁判は、控訴されたようですが、控訴審で和解になっているようで、最後まで争われていたら控訴審がどのような判断を下したかは不明ですが、信託 契約がある場合に遺留分の請求がなされた場合に、参考になるでしょう。
信託契約を設定する際にも、遺留分の請求がされる可能性を考慮する必要がありそうです。
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