あるところに、Aさんというおばあさんがいました。
Aさんは夫に先立たれましたが、BさんとCさんという二人のお子さんがいました。
BさんにはDさんというお子さん(Aさんからみたら孫)がいました。
Aさんは、相続税を減らすため、Dさんと養子縁組をしました。DさんはたいそうAさんになついており、年をとったAさんの面倒もよく見ていましたから、これは良いことと、Bさんも目を細めていましたが……。
Cさんは言いました。「ちょっと待ちゃー! お母さん(Aさん)は認知症だがー! 養子縁組なんて無効だがー!!」
という事例を考えます(もちろんフィクションです)。
※ちなみに”待ちゃー”、”だがー”は、名古屋弁と呼ばれる方言です。
養子縁組とは、養親と養子との間に嫡出の親子関係を作り出すものです(民法809条)。
従前の実親子関係はのこる普通養子縁組と、従前の実親子関係がなくなる特別養子縁組(民法817条の2)がありますが、上の設例では普通養子縁組を想定しています。
養子縁組の要件は、①縁組の意思、②縁組の届出です(民法802条)。
養子縁組を結ぶと、養子は養親の実子と同じように扱われますから、当然、相続人にもなります(民法887条1項)。
養子縁組は①縁組の意思、②縁組の届出の要件が満たされないと無効です。
ですが、それ以前に、これらの要件が満たされていても無効になる場合があります。
養子縁組も法律行為です。法律行為をするためには、一定の知能段階に達し、自己の行為の意味や結果を認識し判断する能力が必要です。
このような能力を「意思能力」と言います。
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効になります(民法3条の2)。
したがって、今回の設例では、養子縁組をしたときに認知症によってAさんの意思能力が失われていたのであれば、養子縁組は無効になります。
Cさんが「養子縁組は無効だ!」と叫ぶだけでは、法律上は何の意味もありません。
養子縁組の効果をどうこうしたいなら、Cさんは養子縁組無効調停を申し立てることになります。調停が成立しなかったら訴訟に移行します。
Cさんは養子縁組の当事者ではありません。それにもかかわらず、Cさんは無効調停を申し立てられることができるのでしょうか。
養子縁組無効確認調停を申し立てられるのは、養親又は養子か、法律上の利害関係を有する第三者です。
この点に付き、東京高判昭和58年11月17日は、「養子縁組の無効確認を求めるについて法律上の利益を有するというためには、その者が少なくとも養親子の一方(それが夫婦である場合には更にその一方)の親族であって、養子縁組無効確認の判決により自己の相続、扶養等の身分関係上の地位(権利義務)に直接影響を受けるという関係にあることが必要であると解するのが相当であり、その者が養親子の一方の親族であっても、右のような関係になく、単に養子縁組無効確認の判決により自己の個別的な財産上の権利義務について影響を受けるにすぎない場合には、これを有しないものと解するのが相当である。」と判示しています。
Cさんは、Aさんの親族であり、Dさんが養子縁組無効確認の判決を受け、養子でなくなれば、自己の相続分が増えることになりますから、養子縁組無効確認の判決により自己の相続に直接影響を受ける関係にあるといえるので、法律上の利害関係者といえます。
Cさんは養子縁組の無効調停を申し立てることができるといえます。
養親が認知症の場合は、必ず意思能力が認められず、養子縁組は無効となるのでしょうか。
平成24年5月31日長野家庭裁判所諏訪支部判決は、「養子縁組をなすについて求められる意思能力ないし精神機能の程度は、格別高度な内容である必要はなく、親子という親族関係を人為的に設定することの意義を常識的に理解しうる程度であれば足りると解される」と判示しました。
そして、アルツハイマー型認知症を患っていた養親による養子縁組につき、養親に養子縁組をなす意思能力がなかったとまでは認めることはできないと判断しました。
裁判例を見ますと、認知症の診断がされていれば意思能力が認められないと言うわけではなく、デイサービスやショートステイでの従前のやり取りや、治療内容、従前の日常生活、養子縁組をするまでの経緯、縁組をする際のやりとり等を考慮して、意思能力の有無を判断しています(大阪高判平成31年2月8日、広島高判平成25年5月9日、東京高判平成25年9月18日、名古屋家判平成22年9月3日等)。
認知症の症状が進んでおり、意思能力が認められなかった事例もありますが(名古屋高裁金沢支部平成28年9月14日判決)、認知症であっても意思能力が認められた事例もあります。
養子縁組は相続税対策の一つであり、また跡継ぎにしたい親族に確実に財産を残すための有効な手段です。
孫に跡を継がせたいということで、養子縁組を結ぶ方も結構いらっしゃいます。
しかし、実子からしてみれば、実の親が誰かと養子縁組を結ぶことは自分の相続分が減ることを意味します。
養子が実子から養子縁組の無効を主張された場合は、慌てず証拠を集めましょう。
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