弁護士 浅野由花子
相続の場面では、親が生前に子どもの住宅取得費用や結婚費用を援助した場合、それが「特別受益」として相続分の計算に反映されることがあります。
「特別受益」とは、被相続人が共同相続人に対して行った遺贈や、生計の資本としての贈与を指します(民法903条)。
特別受益がある場合、持ち戻し免除の意思表示がされていない限り、被相続人の死亡時に存在する財産にその特別受益を加算したものを相続財産とみなし、そこから各相続人の相続分を算定します。その結果、特別受益を受けた相続人の実際の取得分は、法定相続分からその特別受益額を差し引いた残りとなります。
では、被相続人が出資・経営する会社が相続人に対し贈与した場合や、相続人が出資・経営する会社に対し被相続人が贈与をした場合はどうなるでしょうか。
特別受益の対象はあくまで「被相続人」による「共同相続人」に対する贈与であるため、原則として被相続人以外の者からの贈与や共同相続人以外の者への贈与は特別受益に当たりません。
そして、会社は「被相続人そのもの」「相続人そのもの」ではありませんから、特別受益に当たらないのが通常です。
しかし、実際にはその会社を通じて相続人が大きな利益を得ているケースもあり、その法的評価が問題となることもあります。
東京地方裁判所平成26年4月18日判決 遺留分減殺請求事件
【事案の概要】:被相続人から相続人会社への貸付
A社は、原告である相続人の出資により設立された実質的一人会社である。A社が原告の居宅兼A社事務所である土地建物を取得した当時、A社に資力がなく、被相続人の財産から購入資金や会社の運転資金等を捻出した。
被相続人からの資金は借入金及び出資金として会計帳簿に計上されていたが、A社は長らく確定申告もせず事実上廃業状態にあり、被相続人の原告に対する多額の経済的援助を前提とする遺言や手帳の記載が存在した。
遺言により被相続人の全財産を相続した被告に対して、原告が遺留分減殺請求権を行使した事件であり、原告の特別受益の有無が争われた。
【判断】
認定事実から、被相続人のA社に対する貸付金及び出資金を実質的に原告に対する生計の資本の贈与とみて、これを遺留分算定の基礎となる財産に算入するのが相続人間の実質的公平を図るという特別受益制度の趣旨に合致するものと解される。…したがって被相続人のA社に対する貸付け及び出資は、原告の特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に含まれるものというべきである。
東京家庭裁判所 平成21年1月30日審判
【事案の概要】:被相続人会社から相続人への贈与
被相続人が一人株主かつ代表取締役をしていたB社から、勤務していない相続人に対し2500万以上もの給与が支払われ、さらにB社及び、同じく被相続人が一人株主のC社から厚生年金、国民年金保険料が支払われていた点について、同人が両社を通じて贈与を受けたものとして特別受益にあたるかが争われた。
【判断】
仮に相手方が稼働実態なくしてB社から給与が支払われているとしても、同社から相手方に対する贈与であって、被相続人からの贈与とはいえない。このことは、同社が被相続人の一人会社であったとしても、会社経理との誤認混同など経済的に極めて密着した関係があったとは認めるに足りる証拠はないので、一人会社というだけで被相続人からの贈与と認めることはできないと思慮する。…被相続人がこれを負担したものとは直ちに認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない…
そもそも、原則として、貸付金は贈与でないため、特別受益にあたりません。
肯定裁判例は、貸付や出資の名を借りているものの、A社の経営状態や資力からは返済の見込みがなく、被相続人自身も相続人への経済的援助と認識していたとして、贈与であると認定されています。
したがって、相続人の会社に対する資金提供が「貸付」や「出資」という形式をとり、会社の経営が健全で資金の回収が見込める場合には、贈与と評価される可能性は低くなると思われます。
反対に、貸付や出資といった形式を取らず、純粋に会社に金銭や不動産を贈与したケースでは、贈与か否かが争いになることは少ないかと思われます。
この点については、事例により判断が分かれています。
否定審判例においては、被相続人会社と被相続人の経済的密着性の欠如を理由として、両者の同一性が否定されました。
経済的密着性が認められるような会社経理との誤認混同がどの程度のものを指すのかについては明らかではありませんが、被相続人が一人株主かつ代表取締役であるだけでは会社と被相続人を経済的に同視できないとされている点で、株主構成のみならず役員・従業員構成等や従前の経営状況、会社規模など会社の経営実態もふまえて判断された可能性があります。
この点、肯定裁判例において、相続人会社への贈与と相続人への贈与とが同視された具体的事情についても同様に明らかではありません。
たとえば、相続人が一人株主かつ代表取締役であるだけではなく、経営実態としても相続人夫婦だけで切り盛りしているような小規模の同族会社であり、会社の相続人の生計に対する影響が極めて大きいために、実質的には相続人への経済的援助と同視できるといった場合には、特別贈与が認められる余地があると思われます。
相続人会社に対する被相続人からの援助、相続人に対する被相続人会社からの援助が特別受益にあたるかどうかは、原則としては特別受益に当たりません。
しかし、例外的に特別受益に該当するのはどのような場合であるかについては、極めて判断が難しく、事例の数もまだ非常に限られているため、今後の事例の蓄積が待たれる分野といえます。
ただし、相続トラブルを防ぐためには、事前に契約などで経済的援助の性質が贈与か貸付かなど整理しておくこと、経済的援助の位置づけや持ち戻し免除に関し遺言で被相続人の意思を明確にしておくことが大切です。
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